2014年3月30日日曜日

人間の寿命は延びる・・・延びる・・・
それが幸せか、不幸せかは、別としても・・・

女性の寿命は限りなく90歳に近いところまで来ているようだ。
こんなに生きるとなると、惰性で生きてはいられない。

人生90年の確かな設計図(青図)を書く必要がある。
こんな発想を20年も30年も前に抱いて生きてきたわけではないが、
私は50歳の頃から、先の人生について、計画だけは立てていた。

50歳で仕事をリタイアする。
リタイアしたら、長年の夢であった犬を飼う。
と同時に、かなり以前から一人コツコツと手を出してやってきた
犬・猫を助けるボランティア活動をもっと積極的にする。
子供たちを早く独立させて、親と同じく、頑張り甲斐のある一生の仕事をやらせる。

そして、その計画は100%達成したかのようであったが・・・
人生はそんなに甘いものではないのである。
自分のことなら計画が狂うことはありません。
しかし、子供の事となると、思わぬ事態が起きるものだからです。

現在の私の楽しみは歌を唄うことです。
家族の者達が呆れ返るほど、歌に狂っています。
でも・・・・その歌を唄う計画は、私の描いた青図のどこにも見当たりません。
これも思わぬ事態なのかもしれません・・・

さあ!
今日は何を歌いましょう! !

2014年3月27日木曜日

そう言えばその昔、
60歳になった記念でもなかったのですが、
「60の手習い」とばかり、ピアノに手を出しました。

息子が一時期、電子ピアノを独学でレッスンしていたものが、
2階の空き部屋にあったからです。

国立音大ピアノ科卒の先生に個人レッスンをお願いしました。
子供の時に少し習ったことがありましたので、
出だしは先生が驚くほど順調でした。

そして1年が過ぎて、両手で簡単な曲が弾けるようになり、
そして2年が過ぎると、曲が難しくなり、宿題が出るようになりました。
2頭の犬の世話やら、なにやらで弾かなくなりました。

壁に突き当たったような感じでした。
ピアノを見るのもイヤになりました。
そして、私らしい挫折の時を迎えました。

そう、私は、実は、「挫折の女」なのであります。
英会話も喋れないうちに挫折。
外人女性の宣教師さんにマンツーマンで2年、
会話専門のレッスンを受けました。


英語はまずヒアリングが出来なければ絶対に喋れないのです。
あの巻き舌で韻を踏む独特の発音が聞き取れるわけがありません。
文法も学生時代に学んだだけですので、メチャクチャでした。

「ヤスコさんは、自分で文法を作る珍しい人ですね!」って、
彼女はいつも笑っていました。
そして、こちらも挫折・・・

考えてみると、挫折しなかったのは、私のビジネスと歌だけ・・・
まだあるわ!
母親業は完璧とは言えないけれど、しっかりやりました。
そして、犬たちのケア、これは日本一の飼い主と言われたい!

愛犬2頭のためなら、何でも犠牲に出来ました。
友人たちに旅行に誘われても、
「駄目よ! 私には犬がいるから・・・」と、何でもお断りしていました。

今はもう、そのハナもドンチもいない!
寂しいよ~~~~~!



2014年3月24日月曜日

女性特有の「メカ音痴」の冴えたるものが私でした。
ですから自分専用のパソコンを購入して、
使いこなそうなどと、恐れ多いことは
頭の何処にもありませんでした。
2009年頃までは・・・

しかし、メカに強くてパソコン狂と言ってもよい夫から、
再三、パソコンを覚えて活用すれば、人生が開けるし、
知識も広がると説得されて、イヤイヤ、パソコンを手にしました。

初期の頃は夫に教えてもらっていたのですが、
夫婦というのは、厄介な存在です。
分からないから質問をする。
教えてくれる。
でも又同じ事が分からなくなる。
質問する。
「さっき教えたばかりなのに、オマエは意外と頭が悪いんだな!」と・・・
姉さん女房に偉そうな態度をとる。

いくら授業料を払っていなくても、その言葉は酷い!
頭にきて、もう教えてもらわなくても結構!と、私は授業料を払う
パソコン教室の扉を叩きました。

基本的なことだけ出来ればよいので、6ヶ月だけ通いました。
ですから今でも難解なことには手を出しません。
出来ないことは夫にしてもらいます。

お友達とメールの交換したり、U Tubeで歌を聞いたり、
ワープロで手紙を書いたり、分からないことがあると、検索する。
殆ど、その程度のパソコン知識です。

それから、デジカメで撮ってきた写真をPicasaに保存して、
プリントアウトする。
そんな事も出来ます。
お婆さんですから、この程度が丁度良いでしょう。

さあ!  
春本番!
歌もいいけれど、これからは花の季節です。
「昔取った杵柄」です!
素晴らしい写真も撮ろうかな~~~~~





2014年3月22日土曜日

「出端をくじかれる」という言葉がありますが、
今日はそんな日でした。

何もかも、思うように行かず、何をしても面白くない日でした。
まるで、厄日のよう・・・

生き方を変えようかしら・・・
考え方も変えようかしら・・・

20年も前になりますが、その頃親しくしていた女性が
去年の10月に亡くなっていたことが、今日分かりました。
70歳でした。
とても元気で明るく朗らかな人でしたのに・・・
さようなら・・・和江さん!




息子(長男)たちをカラオケボックスと食事に誘いました。
東村山のシダックスで3時間歌い、
それから所沢にある「大穀」という
鰻が美味しくて有名なお店に連れていきました。

私自身はあの薄気味悪いクネクネした姿の鰻は
余り好きではありません。
食べず嫌いなところがあるのです。
息子と連れは鰻が大好きなものですから、
滋養のある鰻を食べさせようと
母心でありました。

生きた鰻をさばいて、蒸して焼き上げるので、
30分は待ちました。
そして出来上がってきた鰻重の蓋を開けたら、
その美味しそうな香ばしい香り・・・
一口、口に含むと、甘辛い程良いタレにとろける様な鰻が絶妙でした。

なんで、こんなに美味しいものを毛嫌いしていたのかしら・・・
と、人生損をしていたような・・・
でも、今日からは得をしたような・・・

鰻君よ!
君はエライ!
姿こそ醜くいが、中味はアッパレ!


2014年3月20日木曜日

義母(92歳)が意識不明になり、危篤とされてから約1ヶ月になります。
喪服の支度までしたのですが、幸いにも危篤のまま持ち直したような状態でいます。

今日は毎日母親の様子を窺いに通院している夫に連れ添って、
私もお見舞い方々お顔を拝見しに行ってきました。

鼻には酸素のチューブ、肩には点滴の針が埋め込まれ、下にも、おしょう水の管が
入っていて、時に苦しげに肩で息をして、顔をしかめていました。

意識は全くないようなのですが、義母の名前を呼びますと、気のせいでしょうか、
かすかに目蓋を動かすような気配を感じました。

義母と私とは丁度20歳の開きがあります。
ですから、人事ではなく、20年後の自分の姿を見ているようで切なく辛くなりました。

そして医学の進歩により、意識不明の危篤とされても、尚医療を施して命を存続させる
意義とは・・・?
命を1日でも永らえさせることが果たして人間の尊厳たるを守ることなのでしょうか・・・

私はその時のために、正常な判断の出来るうちに、
治る見込みがない病にかかったなら、一切の治療を放棄する旨を書いた物を
認めて、息子に渡しておこうと決意しております。

家族に命を託すのではなく、夫々が自分の命に責任を持ち、最後の判断は自分で決める。
それをしてこそ、自分の命を生き切るという事ではないのでしょうか・・・

温んだ、もの憂い春雨かと思いきや、
冷たい冬の雨のよう・・・


まったく!
春って気まぐれなんだから・・・

私は春の女でなくて良かった!
ちなみに、秋の女でございます。

花は散り、実も落ちて、来る冬に備えて
枯葉も落とし、寒々と立ちすくむ・・・さながら古木・・・

家にいるとこんな寂しい女に成り下がります。
これでは、駄目だ!
明日はどこかのステージ゜の上で、楽しく歌いましょうか・・・
それとも、立川へ出て、映画鑑賞もいいわね!